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東京地方裁判所 平成元年(ワ)7585号 判決 1993年2月25日

原告

奈良電機工業株式会社

被告

有限会社大久保自動車

ほか一名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、各自金三五〇万円及びこれに対する平成元年六月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、自動車の輸入業者、販売業者である被告らに対し、被告らを通して購入した自動車の欠陥に基づく事故により損害を被つたと主張して、その賠償等を請求した事件である。

一  争いのない事実及び証拠上明らかな事実

1  原告は、被告有限会社大久保自動車(以下「被告大久保自動車」という。)から、昭和六一年一一月二一日、普通乗用自動車(登録番号品川三三ふ三六二八、車名アウデイ、型式E―四四WU、車台番号WAUZZZ四四ZDA〇七五六六九、オートマチツク・トランスミツシヨン搭載、以下「本件車両」という。)を、代金二五〇万円で買い受けた(乙一、二、原告代表者本人)。

2  被告大久保自動車は、自動車の修理販売等を目的とする有限会社であり、被告株式会社ヤナセ(以下「被告ヤナセ」という。)は、自動車の輸出入等を目的とし、本件車両を含む「アウデイ一〇〇」名称の車両(以下「アウデイ一〇〇車」という。)を、旧西ドイツのフナルクスワーゲン社から輸入し、日本国内において、自ら販売し、又は、被告大久保自動車等の自動車販売店に販売させていた株式会社である(争いがない。)。

3  原告の代表取締役である奈良辰夫(以下「奈良」という。)が昭和六二年一〇月二〇日午後三時ころ、東京都世田谷区代沢三丁目六番七号の自宅車庫(以下「奈良宅車庫」という。)内から、本件車両を運転して前方の道路に進行しようとしたところ、本件車両は右道路をそのまま横切り進行して道路反対側のコンクリート塀(東京都世田谷区立代沢小学校のもの、以下「本件コンクリート塀」という。)に激突した(以下「本件事故」という。)(争いがない)。

4  本件事故現場である奈良宅車庫前の道路は、路面をアスフアルトで舗装され、片側各一車線(幅員約五・五メートル)で、両側にそれぞれ歩道(幅員各約二・一メートル)が設置されており、奈良宅車庫の敷地は、舗装されていないものの、出入庫の際に本件車両のタイヤが通る部分にはコンクリートブロツクが埋め込まれており、前記歩道との境には縁石(高さ約二センチメートル)がある(丙一の写真<1>ないし<3>、<6>ないし<8>、<14>ないし<16>、丙五の添付図面、原告代表者本人及び弁論の全趣旨)。

5  原告は、平成元年六月一七日、本件訴状の送達をもつて本件売買契約を解除する旨の意思表示をした(顕著な事実)。

二  争点

原告は、本件車両には後記1の欠陥があり、そのため本件事故が発生し、後記3の損害を被つた旨、及び後記2のとおり被告らの責任について主張している。

被告らは、原告の右主張を争うほか、被告大久保自動車は過失相殺も主張している。

1  本件車両の欠陥

(一) エンジンの異常な高速回転

本件車両には、エンジンが異常な高速回転をするという欠陥があつたため本件事故が発生した。すなわち、奈良が、前記のとおり、奈良宅車庫内から、本件車両を運転し、前方道路に向かつて進行しようとしたところ、突然、本件車両のエンジンが異常な高速回転をしたので、奈良は右足でブレーキペダルを踏んだままエンジンキーを探してエンジンを止めるなどの措置を講じたが及ばず、そのうち、右ペダルを踏んでいた右足がはずれて、本件車両が急発進し、そのまま右道路を横切つて本件コンクリート塀に激突した。

(二) 本件車両のその他の欠陥

本件車両には、エンジンが突然異常な高速回転をするほか、<1>警告表示や警告ブザーが不定期な時間に鳴り出す、<2>エンジン部分から水蒸気が吹き出す、<3>冷却水が減少しやすい、<4>ブレーキオイルが減少しやすい等の欠陥があつた。

2  被告らの責任

(一) 被告大久保自動車の責任

(1) 主位的主張(債務不履行)

被告大久保自動車は、原告に対し、本件車両の売り主として、欠陥のない自動車を供給すべき売買契約上の義務を負うところ、本件車両には前記1の欠陥があり、本件車両を取得した目的を達成することができない。

したがつて、被告大久保自動車は、原告に対し、契約解除による原状回復義務及び損害賠償義務に基づき、本件売買契約の代金二五〇万円(後記3(一))を返還し、かつ、原告の被つた後記損害(同(二)、(三))を賠償すべき責任がある。

(2) 予備的主張(不法行為)

被告大久保自動車は、本件車両の売り主として、また本件車両の修理を担当した者として、本件車両の欠陥による事故の発生を未然に防止する義務があるところ、その過失によつて、本件事故を未然に防止できなかつたのであるから、原告の被つた後記損害を賠償すべき責任がある。

(二) 被告ヤナセの責任

(1) 主位的主張(品質保証契約類似の関係)

被告ヤナセは、アウデイ一〇〇車に関して明示ないし黙示の品質保証をしていたのであるから、原告との間で特殊な信頼関係に基づく品質保証契約類似の関係が成立したというべきところ、本件事故は本件車両に前記のとおりの欠陥があつたため生じたのであるから、被告ヤナセは原告の被つた後記損害を賠償すべき責任がある。

(2) 予備的主張(不法行為)

被告ヤナセは、過失により、本件車両の前記欠陥を惹起し、右欠陥のため本件事故を発生させたのであるから、原告の被つた後記損害を賠償すべき責任がある。

3  損害 合計三五〇万円

(一) 本件車両の売買代金(相当額) 二五〇万円

原告は、本件車両が欠陥車であることを理由に本件売買契約を解除したものであり(被告大久保自動車関係)、また、原告は、本件車両が欠陥車であることが分かつていたら、本件売買契約を締結することはなく、その代金も支出するはずはなかつた(被告ヤナセ関係)が、これを知らなかつたため購入し支出を余儀なくされ、右代金相当額の損害を被つた。

(二) 本件事故後、車両を使用できなかつたことに基づく損害 四〇万円

奈良は、本件事故による恐怖から、昭和六三年五月一〇日まで代替車両の購入を見合わせざるを得なくなり、その間の二〇二日間車両を使用できなかつたので、原告は、一日当たり二〇〇〇円、合計四〇万四〇〇〇円の損害を被つた。そのうち四〇万円を請求する。

(三) 弁護士費用 六〇万円

第三争点に対する判断

一  本件車両の欠陥について

1  エンジンの異常な高速回転

原告は、本件車両には、そのエンジンが異常な高速回転をするなどの欠陥があり、そのため本件事故が発生した旨主張し、本件事故発生当時本件車両を運転していた奈良は、その原告会社代表者としての尋問において、「本件事故は、自宅の車庫から前方の道路に進行しようとして、ブレーキペダルを踏んでいた右足を軽く緩めて徐々に進行した後、道路部分に通じる歩道との間の段差(縁石)を超えるため、ブレーキペダルから足をはずし、次いで右足でアクセルペダルを軽く踏んだところ、エンジンが異常な高速回転をし、アクセルペダルが下に沈み込んだ。本件車両のエンジンが異常な高速回転をした際、ブレーキペダルを踏み、エンジンキーを探してエンジンを止めようとしたが及ばず、結局、ブレーキペダルを踏んでいた右足がブレーキペダルの左側にすべつた。(要旨)」旨供述し、証拠(甲三ないし六、九、一〇)によれば、本件事故が発生したころ、新聞紙上等で、いわゆるオートマチツク車において、アイドル回転数コントロール・ユニツトや定速走行装置が故障し、エンジン回転数の異常上昇が起こるなどのために、暴走事故が発生する可能性を指摘する記事が存在したことが認められる。また、甲第一四号証によれば、被告ヤナセが運輸大臣に対し、昭和六二年一〇月二日、アウディ一〇〇車のうち、車台番号WAUZZZ四四ZDA(又はN)〇〇〇〇〇一からWAUZZZ四四ZEA(又はN)九九九九九九までを対象者として、エンジンのアイドリング回転数を制御するアイドル回転数コントロール・ユニツトの一部に、内部回路のハンダ付け部又はトランジスタが破損するものがあり、エンジンのアイドリング回転数が高くなるおそれがある旨の届出(以下「本件リコール」という。)をしていることが認められる。

しかし、証拠(証人吉田保、丙一)及び弁論の全趣旨によれば、<1>本件車両は、本件コンクリート塀にほぼ垂直に衝突し、その前部が押しつぶされ、左右前照灯、前部バンパー部分及びボンネツト部分等が破損したほか、アクセルペダルに連動しているプライマリーのスロツトルバルブレバー(リンケージやワイヤーによつてアクセルペダルにつながれ、エンジンに吸入される空気の量をコントロールする絞り弁)が約四分の三開いていた状態で、本件車両の前部が押しつぶされたため、プレツシヤーダンパーに接触して固定されたうえ、セカンダリーのスロツトルバルブレバーも開いた状態で、同様にスロツトルバルブスイツチと接触して固定されていたこと、<2>奈良宅車庫から道路に通ずる歩道部分には、本件事故によつてできた太さが一様でない長さ数十センチメートルの連続したタイヤ痕が印象されており、同痕跡はタイヤが駆動されてスリツプしたときにできるスリツプ痕でありブレーキ痕は見当たらなかつたこと、<3>本件車両の運転席前方にあるダツシユボードのアンダートレイ部分に亀裂があり、右亀裂部分はアクセルペダルのちようど上部に位置すること、<4>本件事故後、本件車両を必要な限度で自走可能な状態に復元したうえで、被告ヤナセが行つた実験調査では、本件車両にブレーキその他の異常は見当たらなかつたことが窺われ、<5>本件リコールも、その対象車に備えつけられているアイドル回転数コントロール・ユニツトのすべてが不良であることを意味せず、たとえ不良である場合にも、アクセルペダルに連動してアクセルペダルが踏込まれた状態となることはなく、また、エンジンの回転数がアイドリング状態で毎分約四〇〇〇回転に達するものの、駆動力をタイヤに伝えて発進する際には毎分約二〇〇〇回転に落ちることからすれば、アイドル回転数コントロール・ユニツトの不良によつて、エンジンが通常より高速回転をしたとしても、本件事故のように路面(歩道)部分にスリツプ痕が印象されたり、本件車両のような破損状況を来すような速度にはいたらないと考えられる。これらの事情に照らすと、前記奈良の供述を採用することはできないし、甲第三ないし六、九、一〇号証をもつて原告主張の事実を認めることもできず、他に原告の右主張事実を認めるに足りる的確な証拠はない。

2  本件車両のその他の欠陥

また、原告は、本件車両には、ほかに、<1>警告表示や警告ブザーが不定期な時間に鳴り出す、<2>エンジン部分から水蒸気が吹き出す、<3>冷却水が減少しやすい、<4>ブレーキオイルが減少しやすい等の欠陥があると主張し、奈良は、その代表者尋問において、右主張に沿う供述をするが、これを裏付ける的確な証拠はないので採用し難く、他にこれを認めるに足りる証拠はない(そもそもこれら原告主張の欠陥が本件事故の原因となつたことを認め得る証拠もない。)。

なお、本件リコールの理由となつたアイドル回転数コントロール・ユニツトの不良があつたとしても、甲第一四号証によれば、右の不良は本件のような態様の事故を起こすものではなく、当該部品の交換によつて容易に改善できる性質のものであると認められるから、ただちに売買契約解除の原因となし得るものとは認め難い。

第四結論

したがつて、本件請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

(裁判官 小川英明 小泉博嗣 見米正)

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